仕事とFFXIV

体調を崩して、2ヶ月ほど仕事を休みました。
その間に感じたこと、考えたこと。

数字目標と、仕事量の矛盾
単純に数字目標に合わせていったら体が壊れる。

仕事量のコントロール
自分で制御する必要がありますが、上の管理責任もある。

体調の管理
仕事量のコントロールが出来ないと体調も連鎖して悪化する。
結局、体を壊して損するのは自分。
意味の無い仕事はブロックしてもいいのかなと思う。

そもそも定時労働に向いてない体
胃腸が弱い&小麦アレルギー、体調が日和見過ぎる。


別件
嫁とFF14をはじめてみました。
FCは加入していませんが、お互いにクラフトをやり始めて、装備制作・交換し合えるあたりからMMOのよさが味わえると思いました。
・あ、これ欲しい作って→いいよあげる(身内なので原価無視)
・じゃあこれと交換ね→いいよ、じゃあこれあげる(等価交換してない)
マーケットで相場調べつつ買ったり売ったりもいいですし、こういった身内トレードも楽しいですよね。

トレードはオンラインゲームの醍醐味の一つだと思うので、RMTを防止しようとするあまりトレードの出来なくなってるゲームなどはちょっと勿体ないかなと改めて思いました。
結局アカウント交換とかで実質的にRMTが出来てしまっているものもあるようですが・・・。
デモンズソウルみたいなオンライン交流のできるゲームはまた別格ですね。

存在とは

PCを組んでパーツを変えたりしていくうちにマザボとCPUメモリ以外はほとんど交換されてしまったのですが、この作業をしていくうちにふと思った事があります。

よく人の意識はどこに存在するのか?という議論があります。
意識の例えとは違うのですが、例えばAさんの腕が切れても、腕がAさんというわけではないですし、基本的には脳みそから意識は発生しているのではないかとも思うのですが、脳みそがAさんなのかと言うとそれも違う気がするのです。

また、腕や臓器を移植したからと言ってAさんではなくなるというわけでもありません(臓器移植をした場合に、性格が変化するなどの事例はあるようですが…)

厳密に言えば人の細胞も常に入れ替わっていますし、10年も経てば、物体としては新陳代謝により完全に別の存在と言ってもいいかもしれません。

私が昔に使っていたパソコンも一緒で、亡くなった兄に組んでもらったものをパーツをとっかえひっかえ使っていました。最初から使い続けているのは最早マザボとCPUとメモリだけだったのですが、かと言ってそのPCに対する思い出や愛着が無くなったわけではありません。パーツが8割以上変わってしまっても思い出が8割減ってしまったわけではありません。寧ろ長く使って来た分愛着は増えています。

存在とは、それと過ごして来た思い出、記憶に依存するものなのかなと思うわけです。

何が言いたいのかよくわかりませんが、そんな事をふと思いました。

近況

■近況
結婚しますた。式予算でお金が使えない。

■ダクソ3
ラスボス手前でソウル稼ぎ中。
脳筋大好きなのです。
黒騎士の大斧使って大書庫でCOOP&金デブでソウル稼ぎ。

ステ的にも筋力馬鹿上げでいこうかと思ってたのですが、
実際作ってみると筋60技20よりも、筋40技40のほうが火力でるのね。
レベル120あたりが多いと聞くので、そこらへんまでで止めようかな。
現在レベル110。

■PC関係
VGA:GTX1060の6GBがコスパ的に欲しいですね。
980と同等の性能とか、560tiを使っていた頃を思い出すと本当に進化したなあと思います。

モニター:IPSでは120HZ以上のゲーミングモニターは出ないのかと諦め、iiyamaのGB2488HSUを使っていたのですが、最近になってIPSパネルの144Hzも発売され始めたのが悲しい事この上なし。

ケース:N-CASE M1を購入して組んでない。早く組みたい。

メモリ:バトルフィールド1の要求スペックが高く、そのうち16GBがスタンダードになりそうですね。

XPの旧マシンはセキュリティ的にアレで使わないのですが、古いイラレ環境もあったりするので静かに眠っています。使う事は無いかもしれないけど、亡くなった家族に相談して組んだものなのでなんだか捨てられないですね。